平成21年09月01日
学習「大田殿許御書」
後生の善果、死後の成仏。これこそが仏教徒の究竟の願いである。
このことのために今生を意義あらしめねばならない。今生はあげて後生のためである。悪果の回避は今生の過ごしかた、活用の仕方にある。仏法の正しい理解とその上にたつ正信の覚路を歩むこと。正解のための学習活動は深刻徹底でなくてはならぬ。
日蓮聖人が、門下へ言い教える習学督励の辞は、甚だ多い。止暇断眠、行学二道はもっとも名高い。「我弟子等、此旨を存して法門を案じ給うべし」「我門弟、委細にこれを尋討せよ」「眼有ん者は開いて之を見よ」「眼有ん我門弟は之を見よ」等々。このように門弟の習学実践を勧め励ましてやまぬ日蓮聖人ご自身が、まこと破格なまでの勉学に従事されたから、督励の辞は大変に重いのである。

私は、三回忌の法事には必ず「地獄」のお話をします。地獄は死後だけでなく、今生の心の中に存在するとお話します。今生の魂が地獄の状態で死を迎えれば、死後は地獄に落ちるでしょう。

しかし、お釈迦様や日蓮聖人は、地獄に落ちず仏の世界に行ける教えを説いております。その教えを学習することは甚大なる功徳になることでしょう。
大田殿許御書