日蓮聖人は、12歳、清澄寺(せいちょうじ)に登って仏教の修学に着手しました。
4年後の16歳、髪を剃り落として出家、是聖房(ぜしょうぼう)と名乗られました。
4年間の基礎学の修得をおえて、日蓮聖人を出家の道へといざなった動機にはいくつかあります。
その主要で決定的であったのは無常観であります。死は人生苦の集約であり、争乱にあけくれる中世のただ中に生きられた日蓮聖人は、そのことを日々に実感されたのであります。
そこから臨終の大事を解決することが何にも勝る優先課題、先決問題である、と思い定められました。
私は、通夜の席で必ず「妙法尼御前御返事」を引用します。何故なら、参列者に自分の死と向き合ってもらいたいからです。そして、自分の死を身近に感じる良い方法があります。それは、遺言書です。夫(妻)との人生を振り返り、子供孫達の将来を考え、遺言書を書いてください。絶対に、あなたの何かが良い方向に変わるはずです。